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「レイルちゃん」の本を、スイスにたどる 文と写真/大谷峯子
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 昨年秋に、「でんしゃがおうち レイルちゃん」(理論社)というおはなしの本をつくりました。スイスの女の子のおはなしをスイスで書こう、と思ったのがその始まりでした。  おはなしというのは、どういうふうにできていくのか? みなさんも興味がおありなのではないでしょうか?  どういう景色を見て、何を思い、どんなことをヒントに物語をつづっていったのか、みなさんといっしょにたどってみようと思います。
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 主人公は、チューリッヒに生まれた9歳の女の子。彼女が幸せになっていくおはなしを書きたい。急にそんなアイデアが浮かび、できたらそれをスイスで書きたい!と思いつきました。実現できたら!と思うと、うれしくなってきました。
 当時、私の学生時代の友人が、保育園に通っている女の子+小学生+中学生の3人の子どもを残して、突然なくなってしまいました。お葬式に行くと、夫は見るからにおちこんでいましたが、子どもたち、とくにいちばん下の女の子は元気いっぱい。たぶん何が起こったのか理解できないのでは?とよけいに悲しくなりました。でも、その夫に聞くと、彼女はお母さんがなくなったと知ったとたん、机の下にもぐったまま長い間出てこなかったそうです。なのに、保育園ではいつもと同じように明るく元気、お母さんの話は一言もしなかったと先生たちは伝えてくれたそうです。
 子どもというのはどうなっているのでしょう? 理不尽に起こる悲しい出来事をどんなふうに受け止め、どうやってそれといっしょに生きていくのでしょう?
 私自身も知りたくて、この女の子の境遇を主人公にすることにしました。もちろん、なくなった友だちへの思いが、まずありました。
 その少し前、チューリッヒの知人が山で遭難しました。とうてい遭難などするようなむずかしい山ではなかったため、これも突然のことでした。彼はアバンギャルドなレコード会社を経営していて、好きな作品をつくることと経営のバランスに苦しんでいたと聞きました。親しい人によく、こういっていたそうです。「まるで山を登るようなんだよ。ときどき、もうここからすべり落ちてしまうのではと思うことがあるんだ」と。彼は自分の赤ちゃんを背負ったまま、足をすべらせてしまったのです。
 私は、このお話を書くためにスイスに暮らしましたが、そこで偶然にも、残されたこの彼の奥さんとその中学生の男の子と一緒に住むことになったのです。父を失ったこの男の子は、残された母親の前で決して泣くことはなかったそうです。悲しんでいる母をこれ以上悲しませたくないという思いだったのでしょう。彼女が言っていました。「ある時、外出から戻り、ドアを開けたら、しぼるような声であの子が泣いているのが部屋から聞こえた」と。
 そこで、こういったじぶんのまわりに起こったいろいろなことを織り交ぜて、この主人公の女の子を、こんなふうにしました。
 チューリッヒに生まれ育った女の子、大好きなお父さんが山で遭難してから、悲しみにくれています。心配したお母さんは、彼女に大好きなことを思い切りさせて、元気になってほしいと思います。その女の子が大好きなこと、それは、列車に乗ること。話してみると、女の子もそうしたいといいます。
 女の子は6歳からヨーロッパの列車に乗り続け、そんなふうに3年も一人で列車の中で暮らしている、ということにしました。うむうむ。われながらなかなか楽しそうな設定です。というわけで、女の子の名前はレイルちゃんとしました。列車→レール、の連想ですが、なくなった友人が「より」といい、山で遭難した知人は「ダニエル」といいましたから、どこか彼らの名前と音が似た名前になったのだと思います。
 当時はまだ「鉄子」という言葉もありませんでしたが、チューリッヒでは素敵な女性の運転手さんをたくさん見かけます。レイルちゃんのお母さんは、ヨーロッパ鉄道の運転手さん、と決めました。オリエンタルエクスプレスも運転します。
 (日本ではまだまだ少ないですが)チューリッヒで女性の運転手さんを見かけるとほっとします。ときどき彼女たちの運転席の後ろに、赤いルバーブやパンなどがのぞいているショッピングバックが掛けてあるのを見ます。今夜のデザートは、ルバーブのパイかな? こんなふうに家族を思うことの延長として、乗客のことを思ってくれているのでは? なんて。
 おはなしには、駅のシーンをたくさん書きました。
 チューリッヒ駅は天井も高く、ファーマーズ・マーケットやクリスマス・マーケット、時にはコンサート・ホールにもなる、広々とした空間があります。ここには、ニキ・ド・サンファールの大きなオブジェがたのしそうに飛んでいます。プラットホームには何本も列車が並んでいるのが見えます。チューリッヒ駅は私の大好きな駅。この駅の隅から隅まで、どこに何があるか、どんな人がそこにいたかが浮かんできます。
 車いすに花を一輪飾った年配の女性が、雑踏の中にただじっと立っていたのを覚えています。毎日毎日、違う花を飾って、人の流れの中を、うなだれるように立っていました。あの花が彼女の言いたかったことのすべてだったのかな、と、今思います。
 スイスのインタラーケンの駅だったでしょうか。ホームで年配の男性が後ろに小さな花束を持って、そわそわしている様子を目にしたことがあります。そこへ列車が到着。同じ年のころの女性が降りてくると、彼はそっとその花束をさしだしていました。「レイルちゃん」は子どものおはなしですが、老人ともいえる年齢の恋愛も書いておこうと思いました。子どもだっていずれ年寄りになるのです。そんな年齢で、きれいな恋をする人になってもらいたいと願いを込めました。
 それから、ミラノ駅、ウィーン駅、ヴェネチア・サンタ・ルチア駅・・・夜のブリュッセル駅・・・私が行ったヨーロッパのいろいろな駅のことを書きました。一人旅をしていると、初めて降り立つ夜の駅がちょっと怖いような気がしたことはありませんか? 子どもだったら、どんな思いがするでしょう? もっと怖くしてやろうなんて、登場人物にいじわるをするような気持ちで物語をもりあげたり。
 空想のおはなしなのに、登場人物はどれも私の中ではリアルで、生きているまわりの友だちたちと変わりありません。書いているうちに、こんな気持ちになってきたのです。とてもふしぎな気分です。
 ヨーロッパを走る列車は、普通車も夜行列車も超特急も、いろいろなタイプがあって、全部乗ってみたくなります。特に、今はもう日本にはない食堂車は、列車に乗る醍醐味の一つ。テーブルにはクロスがかけられ、ランプが灯り、花が飾られて優雅な気分にさせてくれます。看板やけばけばしいネオンなどほとんど見かけない、美しい車窓を見ながら飲むどんな飲み物も、どんな食べ物もおいしく感じます。また、新幹線と同じように、車内販売も待ち遠しいものです。売る人の中には、「ミネラールウォーター♪コーラーにサンドウィッチ♪」と歌うように声をかける人もいます。
 そして、車内の人を観察するのもおもしろい! キャンプ帰りの子どもたちが、バックパックから小さな亀を取り出してまわりの人に見せていたり、教会のシスターがヴォーグを読みながら居眠りしていたり。私も毎日少しずつおはなしを書きながら、そのあいまに列車にも乗りました。次のストーリーに困ったとき、ふと窓から見たサーカスのポスターにひかれて、レイルちゃんはサーカスを見に行くことにしたり。
 そして、自分の体験も、おはなしに使いました。スイスのアルプスあたりを列車が通っている時でした。山はみごとに美しい、空も雲も美しい、草も木も花も美しい、ときどき見える牛ものんびり幸せそう。ちょうど車両はがら空きでしたので、私は二人がけのシートに大の字にねっころがりながら、思わず日本語でつぶやいていました。「ああ、極楽、極楽!」。おはなしは、この言葉から始まります。
大谷峯子
おはなし作家。「方言どこどこ?」福音館書店、「おはなしできく 名曲えほん」カワイ出版、など。
スイス、メキシコ、トスカーナ・・・放浪して暮らすのが好きです。
今は東京が気に入っています。
 
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